金谷俊一郎氏のコラム
第5回:『スパイの思想と信条』
第5回:『スパイの思想と信条』

ゾルゲが主導するソビエト連邦の諜報組織に参加し、スパイとして活動した尾崎秀実は、東京大学大学院を経て、東京朝日新聞に入社しました。大学院在学中より共産主義を研究していた尾崎は、社内で共産主義の研究会を主催するなどを通じて、共産主義者となっていきます。
1928年に大阪朝日新聞の上海支局に転勤すると、国際的な共産主義組織であるコミンテルンの本部機関に加わり、本格的に諜報活動をおこなうようになります。

彼が共産主義者になるきっかけは幼少期にすごした台湾でした。
台湾で目の当たりにした階級差別、その階級差別の打破こそが彼の思想の根底にあったといえます。

彼の活動は、社内の人間はもちろんのこと、逮捕されるまで妻ですらも彼がスパイであったことを知らなかったとのことです。

尾崎秀実は、1941年にゾルゲとともに逮捕され、1944年11月7日巣鴨拘置所でゾルゲと共に絞首刑になりました。
奇しくも1944年は太平洋戦争終戦の前年、11月7日はロシア革命記念日でした。

スパイ活動の是非はともかく、閃光のナイトレイドの登場人物同様、当時のスパイには、自らの思想・信条のために命すらなげうつ覚悟の闘志たちが多くいたといえましょう。

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